寒暖がもろに


ここは富山県南砺市世界遺産菅沼合掌造り集落展望広場からの景色。見た瞬間あちゃぁ~って思いましたわ。こんな低地でしかも川の直近、3方向を庄川に囲まれ片面は鬱蒼とする山の急斜面。危険極まりない所、こんなところに住む人って。。。。っと思うと大体理解した。

が、被害者面して謝罪と賠償をー!とか変てこな事しないで、こうして 世界遺産として観光収入できりっと生きていく姿勢に感動した。なにしろここ五箇山に集落が出来た始まりというのが、倶利伽羅峠の戦いで逃げのびた平家の落ち武者たちだったとか。

時間が遅かったので正規の駐車場もしまり上から優雅に眺めるだけにした。まぁここから歩いていけば行けたのですがね(笑) 

12棟ある家屋の内、江戸末期から大正時代に建てられた9棟が合掌造り。鉄砲の火薬原料である塩硝作りを加賀藩の庇護の元行い、養蚕や冬には和紙作りも行われ、そのかたわら稲作と焼き畑農業で暮らしていた。

しかし、今でも大雨で川が増水した時など家ごとどっぷり水に浸かりそうに思えるのだが茅だし渇くから大丈夫なん?? 江戸時代の家がそのまま残っているというのも凄い。

菅沼合掌造り集落


今ではこうして立派な橋が見えますが、この辺やはり江戸時代の加賀藩の流刑地でしてね、橋を架けることが禁じられていた。もっとも加賀藩の五箇山の一大産業であった軍用塩硝作りの地にスパイなどが侵入しないように橋を禁止したとかも言われているが、それだったら白川郷でも塩硝作り行われていたがそんな変てこなことになってないしねぇ。地形からしていかにも流刑地。普通わざわざこのような所に住まないよね。

ここ五箇山は深山幽谷の秘境と呼ばれ断崖絶壁に隔離された陸の孤島で逃げることのできない流刑の最適地として、江戸時代には加賀藩の罪人のうち主に政治犯が送られてきた地だった。で、橋はないけれども13カ所の籠渡し場があった。ぶどうの蔓で作った大網を張り一人では往来できない籠の渡しがあるのみ。

ちなみにこの庄川には、遊郭の営業が認められていなかった金沢で出会茶屋で働いていた遊女らが捕まり輪島に配流される時、郷里が輪島に近いからという理由で遊女お小夜はただ一人、1690年ここ五箇山配流となった。ちなみに流刑には罪状により3種類あり、
1、集落内に限って出歩ける平小屋
2、一歩も外へ出られないお縮小屋
3、小屋の中に更に狭い織を造って閉じ込める禁固

お縮小屋と禁固は牢番が食事を柱の穴から差し入れるだけだった。

罪人として送られてきた遊女お小夜は1で、集落内を自由に出歩き村の若者と恋をしなんと妊娠してしまった。流刑の者と集落の人が子をなすなどはもちろんあってはならない事で、お小夜はこの庄川へ身を投げて息だえた。



さて、お次はちょっと行った先にある国の重要文化財に指定されている村上家住宅。天正年間に建設され約400年前の建築当時の様式を伝える五箇山地方の代表的建造物なんだと。

村上家住宅


加賀藩の軍事機密とした塩硝製造や和紙製造等の民族資料数千点を眺めながら囲炉裏を囲み薬草茶を頂きながら当主様のお話を聞かせてもらえるという。って16時30分までしか空いてないし、休みも結構多いんで行かれる時はちゃんと調べてから行った方がいいっすよ(笑) 予約をすればこきりこ踊りや麦屋節傘踊りの鑑賞も有料で出来ますしね。

村上家住宅


えっ!?私ですか? 17時だったんでw まっ、五箇山地方って合掌造りと民謡の故郷として有名なんですって。

村上家住宅


で、ふと道路向かいを見ると。。。。。何やら流刑小屋があるそうですわ。村上家住宅からほんの数分もかからん所。

ねー、この辺り流刑地だったんですよねぇ。江戸時代加賀藩は政治犯を、ここ越中五箇山の7集落(猪谷・小原・田向・大島・篭度・大崩島・祖山)に流刑人として送っていて、流刑小屋は1集落に3,4軒あった。五箇山へは1667年に最初の流刑が行われ明治維新までの間約200年間に約150人が流されてきた。

流刑小屋

この田向集落には加賀騒動の大槻伝蔵や安見与八郎らが流され1853年まで約24人が流刑された、と記録されている。大槻伝蔵は周囲の妬み嫉みで引きずりおろされ罠にはめられたように思うのだが、真如院の身柄が拘束されたのを知り自害した、とされている。全く、優秀過ぎるのも大変なことだ。


流刑小屋の隣にはこんなミニ滝みたいのが流れていた。流刑小屋から水の流れる音を聞くことが出来たのは風流で良いが。

流刑小屋


ミニ滝の隣にある細い階段を上ると。。。

流刑小屋


これが、江戸時代には加賀藩に8カ所あった流刑小屋の内の一つであり、全国で残されている唯一の流刑小屋。1963年の豪雪で倒壊したので1965年に復元されたものではあるが、富山県の有形民俗文化財に指定されている。

流刑小屋

暖房などもないし板切れ一枚で床もこのように石の上に乗せられていて実に寒そうな造り。小窓も開いたままですしね結局は処刑小屋であり冬に凍死していったそうだ。

中をのぞくと真っ暗なのだが光を当てると、武士がいた。ここで有り余るほどの本を読んだり手工芸をしたりして過ごせればいいのだが、実態は食事のみという。トイレは一応ついていたようだが、政治犯の罪人で幽閉されるというのは反体制派とか頭もよく教養もある人だろう。あとは大槻伝蔵のように奸計に陥ってしまった人とか。。。。?

観光者だろうか? 中に小銭が散らばっているのだが、こうするとご利益があるとでも思っているのだろうか?(笑)

流刑小屋

なんかすごいものを見てしまった気がする。胸が痛い。

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