カタイさん
助けたキツネさんが恩返しにと、自分の尾で縄張りしてくれそこに赤井照光が築いたとされる館林城。尾曳(おびき)城とも言われる理由がわかりますねぇ。お城は攻め込まれて城主が変わるのが常だが、やはりこの館林城も1471年に上杉軍が、居住していた赤井文六、文三から無理やり奪い取り、その後も上杉、武田、北条、とで奪い合っていたとか。弱肉強食だ。。

江戸時代になり榊原康政が入城、松平、徳川、太田、井上、秋元と10家23代330数年間城下町として栄えた、と言いたいところだがしかしこの地、廃藩置県以前に3回も廃藩になっているんですよね。なかなかアップダウンが激しいような気も。あの徳川綱吉も一度しかこの地に来たことがないようだが一応ここの藩主だったんですねぇ。
何かがあった予感しかしないこの看板↓ 既に花は一輪すらなかった。季節柄かな??

嘗ての城内も今ではこんな感じで野原だったり市役所だったり学校やら記念館が建っていたり普通に使われている。

1845年からは秋元興朝、春朝、順朝と続けて館林城主となり明治維新を迎えた。この銅像は秋元春朝との事で、自然をこよなく愛した粹人で村人からも親しまれた好人物だったとの事で、その春朝が池に向かって投網し魚を捕るところだそう。しかしこんな格好でお魚さんを捕っていたとはちょいと驚きだ。庶民派が過ぎるというか。しかし良い身体してますなぁ(。→∀←。)キャハハハ

この辺りは館林城の本丸の東。天然の要塞として使っていた城沼に突き出した一郭だった。秋元興朝、春朝が別邸として使った旧秋元別邸。施錠してあって中に入れなくて残念だったが、明治末期築だそうだが、しょっぼい家に住んでいたんだなぁ、今の庶民の方が全然良い暮らしをしているなぁ。。でも裏の芝生はふわふわだった。これ↑が裏の芝生。

ここから徒歩ほんの1,2分のところに田山花袋記念館がある。入館料は210円。誰もいなくてじっくりのびのび出来て良かった。狭い館内には、自筆原稿,家録、戸籍の写しや辞令書や請願書,学籍簿,卒業証書キセル,眼鏡,懐中時計やらが展示されていて、あとは代々木の家の書斎復元などもなされていた。すっごく狭いのですぐ見終わる。

そしてこの記念館の道路を挟んだ向かい側には田山花袋が7歳から14歳になるまでの8年間住んだ家がある。田山家は代々の秋元藩士の御家柄、お父様が西南戦争で戦死している。この古びた門をくぐって中に入ると

玄関が開け放たれていてこんな感じ。これ無料で見れるんですよぉ。当時の生活感まんま、味わい深い。ここで家族寄り添って暮らした光景が目に浮かんでくるようだ。

花袋はこの玄関入ってすぐ横のこの四畳間で勉強していたそうな。姿が浮かんでくるようだわ~。

狭くて昔のつくりの家。ここであの文豪が生まれたのかと感慨深い。

日本文学全集として凛として部屋に並べられた本の中には、これってエロ本じゃん! としか思えないような内容の本があったり、どんだけ偉くて文豪なんだが知らんか読んでもさっぱり面白くなく読むこと自体が修行かよ! としか思えないつまらない本も正直あった。子どもの時に読んだのだが、完璧先行者利益で日本文学全集って事で並べられてるんだなぁ、って思ったものだ。
しかし、田山花袋の本はじんわり面白く読んだ。描写もその場面がくっきり浮かんでくるかのようで風景や人情や習俗などや主人公の世界にどっぷり浸った。こと田山花袋に関しては日本文学全集として得意気に並べられている中で好きな作家の一人だった。本の題名は昔だからだろうか、地味でしけた感じだが中身は良い。

田山花袋はこのように↑外見も可愛い。
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