自撮り!?


江戸時代、新井白石(当初、大和説を唱えたが晩年には九州説に)から始まった 卑弥呼の都、邪馬台国の所在地論争は 大和説、九州説だけにとどまらず宇佐説や徳島説から50以上の候補地数にまで膨れ上がり、邪馬台国なかった説まであり(゚ロ゚;) もはやお笑いの世界に突入しちゃった感がせんでもないが。。。卑弥呼の里とも言われているこの↓奈良県の柳本町にある4世紀前半の黒塚古墳に寄ってみた。

黒塚古墳201908

道沿いにベンチなども配備されこの眺めを堪能できる。興福寺の荘園であったこの地は荘官楊本氏が治めていて、古墳を整備し室町時代後期には 後円部を主郭とした楊本城を構えこの近辺は大和でも有数の大きな村として栄えていたらしい。

黒塚古墳201908

南北朝の騒乱の中、1471年には楊本範満父子は十市遠清に殺害され、1542年には十市氏がこの楊本城に付け城を用意し利用したそうだ。1575年には松永弾正久秀が整備し柳本城築城し甥の松永金吾を入城させるが、1577年には松永弾正久秀が爆死を遂げたのをうけ松永金吾は自刀し落城。1580年には織田信長により廃城となる。このように数年単位でかなりいろいろな血なまぐさい事がある上部とはうってかわって、下部は鎌倉時代一時期を除き安泰な古墳

黒塚古墳201908

この黒塚古墳は鎌倉時代には盗掘が試みられたが以前の地震崩落により既に盗掘済みと認識したのか石室南小口部分の副葬品のみの攪乱で免れ、その後、楊本氏から始まり古墳上部を城として利用され続けたことにより、鎌倉時代に荒らされた南棺外の他は全く手つかずで残されていた貴重な古墳。古墳をお城に利用するってどうなん!?って思ったが万事塞翁が馬とはこのことか。

黒塚古墳201908

1615年に信長弟織田長益(有楽斎)の所領となり、所領3万石を分地し一万石を五男尚長に与え織田尚長が大和大名となった。この↑お魚さんや亀さんの楽園と化している墳丘を囲むように作られた堀なども尚長が整備し、現狭い道路向かいにある小学校辺りが陣屋中心で御殿が建っていたようだ。尚長が江戸時代あった5つの大名格の内、最下位の無城大名だった為ここは柳本城ではなく、柳本陣屋と呼ばれていたらしい。

織田尚長以降、1871年の廃藩置県までの255年間、13代にわたり織田氏が治めた。

黒塚古墳201908

ちなみにこれ↑が 写真撮影OK&入場無料♪という気前の良い黒塚古墳展示館に所蔵されている江戸時代作と思われる織田家柳本藩の鎧だ、13代織田信及が柳本に残した遺品だ。

なんと!!館内には竪穴式石室の実物大レプリカなども展示されている。発掘時には魔除け辟邪に使用したらしい朱が大量に残っていたらしい。この真ん中の凹んでいる部分に北枕にして木棺がおかれていたとのこと。

黒塚古墳201908

一面の画文帯神獣鏡が被葬者頭部に立てかけられ、33面の三角縁神獣鏡が木棺の北側半分をコの字型に被葬者を囲むようにして、鏡面を全て被葬者に向け太陽光線が反射するように壁に立てかけられていたという。

頭部付近に一面だけおかれたこの↓画文帯神獣鏡は縁が三角形ではなく平だ。鈕を中心として神仙と霊獣が配され完全無欠の円形の鏡全体で天上界を表現しているそうだ。まさに縁起物であり神聖なものであり、三種の神器にあるように鏡の効用もあいまってかなりの思い入れのある願いがこめられたものだというのが感じられる。

黒塚古墳201908

鏡!? 何も映んないじゃん!!って一瞬思うがこれは鏡の背面なんで(^^; 沢山出土された三角縁神獣鏡もこの通り↓ この展示館は冷静で”卑弥呼がもらったもらった鏡はこれだ!!”などとは明言していない。有力候補としてそう推定されているという書き方になっている。私的には、魏の明帝から卑弥呼がもらったという銅鏡は三角縁神獣鏡ではない!と勝手に睨んでいる。外の看板には ”卑弥呼の里”と記載されていたがそれには今現時点では私も同意だ。

黒塚古墳201908

ちなみに神獣鏡の分類は ”縁+銘文帯+組み合わせ(神や獣など)” で表される。大雑把に三角縁神獣鏡と言われているが、正式にはここの展示物を見ると数え間違いや記憶違いでなければ、

三角縁銘帯六神四獣鏡1面/三角縁銘帯四神四獣鏡13面/三角縁銘帯三神五獣鏡3面
三角縁獣帯五神四獣鏡1面/三角縁獣帯四神四獣鏡9面
三角縁複波文文帯盤龍鏡1面/三角縁唐草文帯四神四獣鏡1面/三角縁画文帯六神三獣鏡1面
三角縁神人龍虎画像鏡1面/三角縁四神四獣鏡1面/三角縁三神四獣鏡1面

となっている。いろいろありますね~。こうやって書いていて気付いたが自分が何に拘るのかとうことがおぼろげながら見えた気がしたw

黒塚古墳201908

そして私にしては珍しくこんな↑柳本古墳群と大和古墳群のファイルを自分用に買った。この2枚しかなかったので全買いともいえるだろう。裏面を合わせると↓一枚の近隣古墳地図になるところもこのファイルの魅力だ。しかし古墳だらけだ。崇神天皇陵(行燈山古墳)や景行天皇陵(渋谷向山古墳)をはじめ初期大和王権のシンボルとなる巨大古墳の姿が見える。

黒塚古墳201908

ふと自分のお墓を暴かれ さらされるのってどんななんだろう。。。っと思ったが、1300年後とか1700年後とかの人たちが過去の文献や自分のお墓を調べ あーでもないこーでもない と論争したり、副葬品などをみて様々な解釈をくだしているのを見たら ふっ! っと失笑がこぼれてしまうな。。と思った。昔のことだ、はっきりわかる時がくるのだろうか???

死後、映画のように自分の人生を観るとか見聞きするが、こういった古墳の真実とかも観れるのだろうか? 歴史の謎とか真実までをも観れるのだとすると死ぬのがかなり楽しみだ:\(*^▽^*)/:・ヒャッホーイ♪ いつか死の瞬間を迎える時、それらを観れると信じて楽しみに去ろうと思う(´▽`) てか、まだ死にそうにないので楽しんで生を全うする(笑)

帰宅してから鏡には全く興味なさそうな夫に語ってみたw 夫曰く「自撮りみたいなもんだろ」っとの事だった。古代の鏡=今でいう自撮り なかなか面白い解釈だと思った(笑)

 

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テーマ : 主婦の日常日記
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ブログタイトルのあまりのヘボさに我ながら辟易しつつも何気に愛着があり変更出来ずにいますw ヘボいブログタイトルの大壁を乗り越えご訪問いただく方々を尊敬しています。いつもありがとうございます。

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