肉弾戦???


先日、東條英機氏について書いたが、東條英機氏が裁判で語ったことは、「昭和天皇の意思に反し、自分東條が開戦した!」 と嘘をつきとおしたところ以外は、そうですね、日本は自衛戦争をしただけだ!! の言葉は真実だったと、東京裁判の法源だったあのダグラス・マッカーサー氏が証言されている。

東京裁判終結後の約半年後、1951(昭和26)年5月3日、ダグラス・マッカーサー氏が、アメリカ上院・軍事外交合同委員会の公式な場で、日本が戦争に突入した主たる動機は、自衛のためだった、と証言した。


ダグラス・マッカーサー氏曰く
「日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫が無い、ゴムが無い、その他実に多くの原料が欠如している。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在していたのです。もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、1千万から1千2百万の失業者が発生するであろうことを彼らは恐れていました。従って彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。」



自国にないから、外にあるものを分捕ろうってのはなんだかなぁって思うが、当時は分捕り合戦でしたからねぇ。。。。しかし、今現在も日本って自国では何~ももってないような感じですが、当時と違ってのほほ~んとしててのどかな感じ~♪ 日本って食糧も資源もろくに何もないですよねぇ。政府は国民をATMにし、更に、自国領土を格安で他国人に売り飛ばしたりしているような気もするし、食料自給率も、カロリーベース、生産額ベースでともに低く、各国は自国の食料や資源や国土を必死になってまもっているのに何~か日本って変に感じるんだよなぁ。

日本を小馬鹿にしているとしか思えない黄色と青の国に擦り寄って褒められようと必死ですし、どー考えても日本北方の安全やエネルギー問題やらなんやかんやを考えてもあの反日国よりもロシアの方がずっ~と大切だと思うのですがねぇ。。。またまた外務大臣は日本海にいろんなものをぶっ放してくる国を助けないとー!! と必死ですし、外国人ばかり優遇し、弁護士をつけて生活保護よこせ! 医療費タダにしろ! 等と言ってくる外国人をチヤホヤチヤホヤしているし。今の政治家は、日本をぶっ潰そうとしているとしか思えんのよねぇ~。

そんなんで改憲! 緊急事態条項いれて嘗ての大東亜戦争時のように国民を駒のように強制的に動かしたい♪ とか言われても、マジ、嫌なんっすけど。




さて、今日は、なかなかの衝撃を受け長く語ってきた『占領神話の崩壊』についてまたまたしつこく語る日だ。



降伏直後三日目の8月18日(土曜日)に東久邇宮内閣の国務大臣近衛文麿が、「婦女子を飢えた兵隊たちから守ること」を緊急対策とし、進駐軍専用の慰安施設「特殊慰安施設協会」(RAA)の設置を決定。


==引用開始
まさに占領軍を迎え撃つ婦女子肉弾戦である。
==引用終了


と、書かれているが、なんだかなぁ、って思ってしまった。だってそもそもどこかの半島の方々が未だに大騒ぎしている慰安所なるものを日本軍が作ってましたよねぇ。慰安所っていうと聞こえはいいですが要するに売春宿ですよねぇ。自国民に対する売春はOK♪で、外国人を相手にする売春はNGって事なんだろうか???? 売春する方からしたら金くれれば同じような気がするのですが。


それに、大東亜戦争時の慰安所なんかよりもずっ~っと昔から、そういった商売は組織的に行われていたりしていましたよねぇ。



==引用開始
広告につられて、8月26日にはRAA本部に1500名もの行列ができ仕事を求めて押しかけた。しかし、仕事内容を聞いて愕然とする。それでも、食うに困った女性たちは「お金になる」 という囁きに勝てることはできず、大半の者は慰安婦になる運命を受け入れる。戦地で夫を亡くした戦争未亡人は数知れず、インフレも襲いかかる。「御国の為」 という逃げ道も用意されていた。


「日本人入るべからずのキャバレーが日本人自らの手によって作られたものであるということは、特記に値する」 「さらにその企画経営者が終戦前は『尊王攘夷』を唱えていた右翼結社であるということも特記に値する」
==引用終了



生きる手段がなく、まして一人で子どもを抱え食うに困る状態の中、技術も知識もいらず女性というだけで御金になる仕事がもらえるのだとしたら慰安婦になるのもしゃーないだろう。しかし、「日本人入るべからずのキャバレーが日本人自らの手によって作られたものであるということは、特記に値する」 の一文は、日本人がその慰安所に入れなかったことが不満なのだろうか??? 日本軍の為の慰安所も日本人自らの手によって作ったと思うのだが、一体何が違うのだろうか???

そして、実際問題として、外国人専用の慰安所があった状態でさえそのへんで日本人女性への強姦が普通に行われていたのだから、慰安所がなかったらもっとその被害は増えていただろう。そう考えると、慰安所を組織するのもしゃーないと思わざるを得ない。


右翼だろうがなんだろうが、そもそも、狡い奴ばかりが生き残りなのですからそうなるのも当然だ。というよりも、「終戦前は『尊王攘夷』を唱えていた右翼結社であるということも特記に値する」 との事ですが、天皇自体が、深い信頼関係で繋がっていた東條英機氏らの部下を裏切り全責任を擦り付けるような人なのですから、尊王攘夷を唱えていた右翼結社も日本国民など好きなように使って要らなくなったら捨てようっと♪ と思ってもしゃーないだろう。





==引用開始
特殊慰安所は、江ノ島や箱根や熱海の保養地などにも広がり、名古屋や大阪や京都などの大都市に瞬く間に浸透する。京都では、警察と京都府が一丸となり、慰安施設を祇園に設置する。

特殊慰安所は、地方都市にも及ぶ。内務省が「治安維持」のために、各府県長に対して、占領軍向けの「性的慰安施設、飲食施設、娯楽場」を急いで開設させる指示を出したからだ。

惨敗からわずか一ヵ月後の1945年9月18日(火曜日)には、大阪南地の花街に「連合軍慰安所アメリカン倶楽部」が開設された。右翼の大物・笹川良一が資本金数百万円を拠出し、実弟・了平を社長にして経営を舵取りさせた。

右翼の変わり身の早さに驚かざるを得ない。それとも、米兵用に慰安所を作り、日米親善を促すことが国体護持につながるのか。
==引用終了



そして、右翼の変わり身の早さは、天皇の言を尊重するから起こったことと思えば理解できる。一億総玉砕などと純粋な日本人を煽って大量に戦死させ、己に危害が及びそうになったら手の平返しをした上層部。しかも気骨のある日本人はとっくに戦死している。残りは狡い奴らが大半だ。そんな中、日本女性を守るため等と戦う人はいない。せいぜい慰安所を作るのが関の山だろう。って、いうよりも、もともと日本軍相手の慰安所作ってたやん。何が違うんや????




==引用開始
8月28日は、GHQの第一陣が厚木飛行場に着いた日である。まさに、「性の防波堤」だ。「守るべき女性」のために、「人柱にしてもよい女性」が創られた瞬間だ。
==引用終了


なんか違和感を感じる。強制的に売春婦にさせられたのならわかりますが、まぁそのような方もおられたでしょう。しかし、他に生きる手段がなかったとしても自分で決断したんですよねぇ。それにそもそも現在でさえ公然の秘密で行われているソープランドでの売春やAVやらエロ本やら沢山出回っていて今でもそういう仕事している女性いますよねぇ。

仕事なんていくらでも求人出ているのにあえてそういう仕事を選ぶ女性が。金銭を貰い性風俗を仕事にしているのならまだ理解できるのですが、無料で自分の裸だとか変な動画だとかをネットに流す人もいて理解に苦しんでいる。所謂好き者ってやつですな。「守るべき女性」のために、「人柱にしてもよい女性」 とは悲劇的に語ることはできるかぁ?? そういうなら日本軍相手の慰安所はなんだったんだろう???


==引用開始
慰安婦になった女性たちは強制徴用されたのではなく、自発的に志願した者もいたろう。性行為にともなう金銭も慰安婦に支払われていた。当時の日本では、公娼制度は合法だ。しかし、日本人慰安婦を生んだ張本人は、日本政府であることは疑いがない。内務省、外務省、大蔵省、運輸省、東京都、警視庁の協力がなければ、RAAは組織なぞされていない。
==引用終了


この著者さんは、日本政府が慰安所を組織したことを問題にされているようなのだが、日本軍に対する慰安所も公的なものでしたよねぇ。しかも昔から慰安婦だとかそういう仕事は公然とあったし、そもそも、気に入った女性は人の妻だろうがかっさらって連れてくるとかが当たり前の殿さまとかもいましたよねぇ。。。それにこの本には、



==引用開始
婦女暴行は日常茶飯事であり、新聞の記事にもならなかった。
==引用終了


だそうなんですよねぇ。。。って事は、慰安所を用意していても婦女暴行が日常茶飯で当たり前だったのだからねぇ。外国人のための慰安所がなければそこかしこの多くの日本女性が暴行を無料で受け入れろよ~って事になると思うのですが、その方が酷いような気がする。衣食住と給料がもらえる慰安婦と運悪く婦女暴行にあたる一般女性の方が、全員が無料で暴行されるよりもマシのような気がする。

ビビるのが、先日も”千葉でマンション内見装い69歳女性に性的暴行 36歳男に懲役8年の有罪判決” なんちゅうニュースがTBS NEWS DIG に記載されていた。歳とか関係ねぇのか? その36歳の男性は高齢女性に対する婦女暴行が3回目なんだそう。しかも「アダルトビデオのように被害者が性交に応じると考えていたが、その通りの反応ではなかった」 とか証言していてまぁなんちゅうかねぇ。




で! 占領軍のために用意された日本人娼婦たちだが、1946年(昭和21)1月21日にGHQにより公娼制度が廃止される。が、まぁどこかの半島人のように裸体でデモなどは起こさなかったが、それでも生きるために今度は自力で街角で米兵を客として街娼として生活していった。

俗に言うパンパンと呼ばれた彼女らだが、500人のパンパンを率いた ラクチョウのお時 という名で呼ばれた有名なパンパン曰く、一度パンパンになった女性は皆、激しい差別を受け、堅気の職についても虐められて戻ってきてしまい抜け出せなくなっていたという。


日本には差別が無い!という意見も聞きますが、どーなんでしょーかねー? 知らんけど。



また、ちょいと話は変わるが、こういうの↓を読むと、その華族の高貴な女性とやらたちは喜んでいたことが分かる。



==引用開始
慰安所が閉鎖されて困ったのは、性欲の余った進駐軍の兵士たちだけではない。日本政府中枢にいた楢橋渡もその一人だ。GHQの高級将校のご機嫌をとるには、女性による接待漬けが欠かせない。彼らを性的にも知的にも満足させるには、穢れていない、教養の高い、英語を理解できる女性が求められていた。娼婦ではなく、貴賓ある令嬢たちが性の接待として動員されていたのだ。華族の女性たち、権力・物資・経済に恵まれたGHQ高級将校に夢中になり、刹那的な優越感に酔いしれる。高級化粧品やチョコレートまで貰うこともできた。
==引用終了


喜んでんじゃんw



そして、これ↓も酷いですねぇ。売春により産まれた混血児、帰国途中で強姦された引揚者が産んだ混血児。その子たちを賤しみ差別軽蔑の対象にするところが、日本人の穢さを感じざるを得ない。それともあれか? そんな目にあっても自決しないで出産をし母子ともに生きているという事を批判しているのだろうか? 一億総玉砕から手の平返しをし多くの仲間が戦死した中シャーシャーと狡く生きながらえた己の投影をみたくないから、人を批判し賤しみ己は綺麗だ高潔だと思いたくて批判しているのだろうかね?



==引用開始
RAAは最盛期に7万人ほどの慰安婦を抱えており、閉鎖したときは約5万5000人いた。彼女たちの新たな就職先はどこか。街娼として、夜の街で米兵をお客にした。「パンパン」という隠語が飛び交った。
 
不幸は重なる。「混血児」が生まれ、さらなる差別を招いた。「パンパンの子」と蔑まれ、純血を重んじる日本で不憫な目に遭う。満州や朝鮮半島から命からがら逃れてくる途中で、ソ連軍兵士に強姦された女性が産んだ混血児は「ロスケ」と賤しまれた。
==引用終了




そういった混血児の方々の話はあまり見聞きしない。その方々は一体どのような人生を歩まれたのだろうか。。。生を受けた瞬間から周囲に賤しまれ続けたその子たちは一体どうやって生きたのだろう。



==引用開始
RAAが解体され、華族の女性を手駒にしていた楢橋渡。GHQの高級将校を下半身から丸め込んだ楢橋書記官長「接待部長」は、大出世を遂げる。
==引用終了

失笑。

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