失われた視界、照らされた心― 人康親王の音楽と慈愛の軌跡ー


平安時代前期、第58代仁明天皇の第四皇子、人康親王。彼は学問と和楽器の才に恵まれ、多くの親王や貴族など身分の高い家柄の青少年(=公達) たちに尊敬された存在だった。彼の元には、多くの公達たちが訪ねてきて教えを請うたという。


輝かしい非凡な才能をもち、さらに人からも慕われるという人康親王だったが、なんと、28歳の時に、両目を患い盲目となってしまった。彼の人生は一変した。学問好きだったのにもう書物を読むこともできず、どれほどの絶望の中にあったことだろう。

人康親王山荘跡


それでも人康親王は、出家し、法性禅師として新たな人生を歩み始めた。公達たちとの交流を絶ち、隠棲生活を選んだ。しかし、京都や大阪の盲人たちを集め、管弦や詩歌を教え共に奏でたり、自分の所領米や持ち物を分け与える優しさを持ち続けた。

人康親王の人生はまるで感動的な音楽のような旅だったように感じられる。彼の輝かしい才能と人々の尊敬を集める姿、そして盲目になった後も自らの道を切り拓いた勇気には、ただただ感嘆せざるを得ない。



ここは、人康親王が隠棲し静かな山荘で暮らした場所。今は静寂と緑に包まれた公園となっている。山科宮と呼ばれたその場所は、当時、川や滝なども流れ大自然を模した風情溢れる山荘だったと伝えられている。

人康親王山荘跡


山荘での静かな生活、そして最期の時には、琵琶法師たちが心を込めて演奏し、人康親王はその美しい調べに包まれながら穏やかに旅立ったという光景。人康親王の旅立ちが、まるで音楽の調べが天に届くような美しい物語のように感じられる。彼の偉大なる魂が、琵琶の音色と共に穏やかな永遠へと還っていった光景は、心に深く響くものだ。まるで天と地が調和するような美しい絵画のようである。

人康親王は40代初めの歳でこの世を去った。琵琶法師たちが愛情と感謝を込めて彼を送り出した姿は、まさに絶え間ない友情と尊敬の証であり、その一瞬が永遠に語り継がれるだろう。彼らの音楽が、不滅の絆を紡ぎ、最期の瞬間まで心を満たし続けたことだろう。


さらに、彼の死後、母である藤原澤子氏は彼を支えた者たちに検校(=盲人の最上級の官位) や匂当の官位を与え、琵琶・三弦・箏  ・鍼灸などの技術を庇護し職業を占有させた。これを当道という。当道座の官位は、検校・別当・匂当・座頭である。

人康親王山荘跡


彼の盲目になった運命には、天の意志を感じずにはいられない。彼は特別な使命を背負い、高貴な身分を持ちながらも、盲人たちを支え、生活の保護をした。それがなければ、彼らに公的な支援は得られなかっただろう。


人康親王の人柄に心打たれます。彼の偉大さと人々への尽力に思いを馳せ、感慨深い気持ちに包まれた。彼の山荘を訪れ、その場に立つことができて、感慨無量である。

人康親王山荘跡

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