あの杉の真実は。。。。


これ↓何だと思いますぅ? ちょっと、いや、かなり写真の出来が悪いので意味わかんないかもしれんが(^^; 肉眼で実物を見ると結構リアルなんですが案山子。でもちょっと足が短すぎるかな(笑) もっとちゃんと見たい人は現地に見に行ってくれw

十兵衛杉


ここは ”剣聖 柳生の里”  田舎~♪って感じののどかなほのぼのする所ですわ~。水が綺麗!! しかしめちゃ寒っでしたわ~。

十兵衛杉


これ↓が、有名な十兵衛杉。今から20数年前に枯死してしまったそうだが、柳生十兵衛三厳が1626年に諸国漫遊に旅立つ時に記念に植えたものという。旅に出る前に記念に植えるなんて何か可愛い(*^m^*)ムフフフッ♪ 十兵衛の数々の物語は、水戸黄門漫遊記を想起させられる話で読んでいて面白い♪ が!! 水戸黄門漫遊記と同様に想像なんですよね?

十兵衛杉

諸国漫遊どころか十兵衛は12年間(1637年から半年ほど兵法研究の為に江戸に居た以外)ほぼずっと柳生の地にいて、柳生の庄の道場を中心として、実技と理論の研究研鑽に没頭していたようだ。

父柳生宗矩が六十余歳でようやっとまとめあげた”兵法家伝書(2万4千余字)”や柳生新陰流創始者ー柳生石舟斎以来の230余の口伝目録の全てをわずか3千数百字に18項目としてまとめあげたりしている。

晩年になるにつれ(晩年といっても45歳で他界)、だんだん温厚寛容になり真面目になっていくあたりも人間っぽくて好き。しかしあの十兵衛杉やら諸国漫遊の旅とかも含め真実はどーなんだろーなー。

十兵衛杉

十兵衛杉跡のすぐ下、木々に囲まれた暗い場所にお墓がずらっと並んでいてちょっとびっくりする。これらのお墓は、王政復古にあたり勤王派の国詰と、徳川の恩に報いんと固く決意する佐幕派の江戸詰藩士の対立抗争により命を落とした江戸詰家老広瀬小源太をはじめとする者達のお墓。この紫縮緬事件を機に、佐幕派であった数え年18歳の藩主柳生俊益は勤王派に転身し明治維新の荒波をかいくぐった。

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