遊郭3~種族


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ここは大広間でオーナー家族の生活場でもあり客間でもあった。場所によって竹細工の柄?が違っていて興味深かった。杉の一枚板と欅の一枚板で作った立派な床の間。床柱は、長寿や魔除けとして有名な槐(えんじゅ)の木を使用。コブ洗い出し法という技法で瘤を浮かした作り。鬼が宿り他の鬼を寄せ付けないという縁起物だ。飾り棚もいい感じだ。

町家物語館2019年12月


大正硝子も障子も、そして天井まで全部面取りがなされてあるという意匠を凝らしたかなり豪華な造りの部屋だった。ここの扉は各障子を開けガラス窓から外を見たりも出来るし、全て竹細工の夏バージョンにしたり、冬は全て障子にしたりと全部外せるので季節により装いを変えて使っていた。手作りのこの結霜ガラスは一枚一枚微妙に柄が違くてもう二度と作ることは出来ない。

町家物語館2019年12月


大広間を出ると井戸のある中庭が登場。こういう中庭って素敵だわ~。吹き抜け?になってるから空が見えるし雨が降ったら濡れるのも味わい深いですね~。井戸には蛇口がついているからかなり便利だっただろうなぁ。今はもう井戸覗いても水は一滴もなし。他にもオーナー家族の居住空間あったが階段とかも立ち入り禁止になっていた。

町家物語館2019年12月

ここ↓は襖で区切られて3部屋続いている。左手の障子を開けると玄関(案内口)の右横にあった呼び込み部屋へと続いている。よって病気になったりして看病が必要な遊女さんが眠る療養の間から見ている。100円で珈琲が飲めるので座って飲んだ。真ん中の部屋はオーナーさんのご両親のお部屋。そして一番向こうにあるのが、

この館の中で一番お金をかけ凝った造りのオーナーさんご主人の間 だ。全て面取りがなされている素材なのはもちろんのこと菊と桜の欄干や襖にまで細かい細工が施され、一つ一つ全部違う作りの格子細工など凄くお金をかけたのが分かる。凄く儲かっていたそうですよ。。。当時のディスク式蓄音機もある。電気入れれば未だ動くんだよ~。

町家物語館2019年12月


ご主人の間 の隣のお部屋。ハート型の猪目から除くと玄関(案内口)が見えるので、ここからお客さんの様子をチェック。座卓には昔の算盤があったのでここで金勘定をしていたのだろう。

町家物語館2019年12月


右奥の部分には当時、電話が置いて有った場所。昔のアイロンって初めて見たと思う。鉄の柄杓に熱々にした炭を入れた物がアイロンだったとは。

町家物語館2019年12月


当時は台所に置いて有ったという遊女専用の小物入れがここに移動されて展示されていた。お茶碗とお箸を入れていた棚で、当時の遊女さんの名前がシールで貼ったままになっていた。本名が今でもくっきり読める棚もあった。鉄格子の跡を見てから悲しくて悲しくてたまらなかったが、この棚を見て更に胸がえぐられるような感覚を覚えた。

自ら覚悟を持って、もしくはこういう仕事が好きでこの職業を選んだのなら別だが、少なくともこの遊郭は自分の意志とは無関係に金欲しさに売り飛ばされ監禁され来る日も来る日も売春を強要された場所だ、というのが。。。

町家物語館2019年12月

自分がそんなところに売り飛ばされたら。。。と考えてしまった。髪結いの亭主なんて言葉があるように技術があれば遊女にならずとも済んだのかもしれない。でもそもそもそんな技術を学ばせてもらえるような境遇ではなかったから今にいたるわけだ。自分には技術知識がお金になるものが何もないということ。あるのはこの身体、それが現実だ。

まずは自分の借金がいくらあるのか、客一人相手して実際に自分に入る実入りは幾らなのか店主にうざがられるだろうが教えてもらおう。嘘つかれてぼったくられるの承知でとにかく教えてもらおう。うんと稼げば早く自由の身になれるのか、それとも期限までは自由はないが貯金ができるのかなどなど。

自分と一緒にいる時間だけは相手にとって至福の癒しの時間となるよう精一杯心を込めて接客しよう。

もしかしたら簡単な計算すらできない自分なのかもしれない。そうしたらまずは客の中から性格の良さそうな人に長時間一緒にいたいと何とかして思わせて懇意の客になってもらい計算の仕方を教えてもらおう。

幸い一人部屋だから本さえ手に入れば1日の内例え数分でも勉強する事ができる。精神が崩壊するのが先がわからないが、とにかく一生懸命働いて少しでもお金を持った状態で自由の身になることを目指そう。

自由の身になったところで一体自分は何をして生きていくことが出来るのだろう。自分を売り飛ばした親兄弟の元に戻るわけにはいかないしどうやって稼いで生活していけるかを考えておかないといけない。この辺も性格の良さげな客に世の中のことを教えてもらうしかないだろう。一人部屋の利点をいかしてとにかく少しでも勉強をしよう。

こんな話をしたら、「どこかからもれて即、殺されるよ」と言われた。そうか。。。私は当時売られていたら殺されていたのか。。。。。

しかし売春が禁じられお店が閉店になった時、借金が残っていた人もいるだろう。免除にでもなったのだろうか、それとも職だけ奪われて莫大な借金だけが残り一生返済し続けたのだろうか、それともどこかにお手伝いとでもして売られたのだろうか? 

貧しい家の娘が売られたとか聞くが、その娘を買うお店も買春に通うお金のある客もいるというのがなんとも不思議で不条理を感じる。売買春が禁止の時代に生まれて良かった、と思ったが。。。。身売りと言う悲劇を禁止し法律で保護されるようにしてもらえたのに一体何故、自分からわざわざ好んで遊興費や贅沢品欲しさに、援交とかパパ活とか好んでする人もいるという現実が。。。なんかもう世の中わかんなくなってきた。だったら鉄格子なんてつける必要ないよなぁ。。現代人の一部が変態なのだろうか??

あー、今でも尾をひいていて大声で泣き出したい感じ。演劇で泣け!って言われればあの鉄格子を思い出して自分が売り飛ばされた時の想像した一時を思い出すだけでいつでも泣ける。ここで働いていた女性達を思いよく頑張ったねと心の中で抱きしめ共に泣いた。

落ち着いた所で結論が出た。信頼関係も愛情も碌に共有していない不特定多数の相手とそのような行為をするのが死ぬほど耐えられない人を法律で保護してくれたっていう事であって、裸体にペイントして売春させろデモをする人達や、パパ活などという可愛い名称のもとの売春を自ら好んでする人たちは一部の特殊な人達、そういうのが好きな特別な一部の人達で、そういう人種がいる、という事なのだろう。そういうのが好きで平気な人種がいる、そういう事なのだろうな。

戦争に駆り出され男性も身体を使いそれこそ命をむき出しにさらされ殺さなければ殺される中で生きていた。女性も身体を使い生きる事を余儀無くされた人もいた。世の中が安定し直接的命の取り合いの切った張ったの世界から解放され落ち着いたところで売春防止法完全施行となったのだから女性だけが不当な扱いをうけていたと単純には思えない。

しかし、ここを訪問したことにより 「泣け!」 と言われれば何時でも泣けるようになった。

【町家物語館】
開館時間 9時~17時(入館は16時30分まで)
休館日  月曜日(祝日の場合は開館し、翌平日が休館)・祝日の翌日・年末年始
入館料  無料
アクセス 近鉄橿原線 近鉄郡山駅から徒歩約8分/JR大和路線 郡山駅から徒歩約8分

ダメだ、尾を引いていてどっぷり売り飛ばされた遊女の気分になっている。筋トレして吹き飛ばしてきます。

 


テーマ : 主婦の日常日記
ジャンル : 日記

遊郭2~囚人


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8畳の広さの3階の遊戯の間。鉄格子から逃れることは出来ないがこのお部屋はちょっと格子戸が粗い。昭和33年の売春防止法完全施行で廃業になってから、この遊戯の間はとある夫婦が借りていた。その下宿の名残が一会にわかるのが布巾かけみたいの?が柱に取り付けられている。結核予防デーなんて書いたステッカーが貼られたりもしている。手前の柱にもシール貼ってあるし原状回復の概念が未だなかったんかな。

町家物語館2019年12月


遊戯の間の隣のお部屋にはこんな可愛らしい飾り窓がつけられている。当時はこの窓にも扉がついていたんですって。

しかし、そこかしこに鉄格子の跡があった。逃げられるといけないから自由に出歩くことも許されなかったという。

町家物語館2019年12月


3階から2階に下り遊女さん達のお部屋兼仕事場が連なる廊下はだいぶ暗い。やっぱり3階の方が明るいなぁ。

町家物語館2019年12月


お部屋は大きさは一定だけれども窓の位置に各部屋に違いがみられた。2階は窓の下方が磨りガラスで外から見られない造り。格子戸は、覚え間違いでなければだが二本小口の五百格子になっていて家が繁栄するという意味のある造り。縁起物を随所に散りばめた遊郭館だったことが分かる。

町家物語館2019年12月


各部屋につけられた電気メーターの跡や、貼られたプロマイドや新聞記事などが下宿屋として使われた事を感じさせる。昭和46年とかの新聞が貼られていることからその頃までは下宿屋として使われていたようだ。

町家物語館2019年12月


↓2階の待合所で落ち合った客と遊女の のぼり専用階段。他の客と顔をあわせないようにとの配慮らしい。帰りは一人用のショボい階段で帰すw 階段幅は広く1,8メートルから1,9メートル。客を自分の寝室兼仕事部屋に招き入れる為に部屋移動したんかぁ。。。。やるせないな。

町家物語館2019年12月

迷っちゃうくらい広い館で全部で37室。当時のオーナー家族の住居部分は立ち入り禁止の貼り紙が出ていて見学不可となっていた。オーナーさんにも御自身の娘さんがおられたのだろうか。。。いたとしたらその娘さんはどんな気持ちで家業を見ていたのだろう。。。。

ここが1階にある共有場の洗面所。昔の物だからか洗面台が低い。「この遊郭館の見どころは格子と窓」との事だったが凝ってますよね~。全部違うんですよ。

町家物語館2019年12月


棚がある脱衣所の隣にはお風呂。夏場は涼しくて良いが天井が高く浴槽が小さく非常に寒かったそうだ。天井には家紋が飾られている。オーナー家族が使った後に遊女さん達が使わせてもらうこともあったとも伝えれているが基本はオーナー家族のお風呂で、遊女さんは銭湯に連れて行かれていたとのこと。もちろん逃げない様に見張り付きでですよ。

町家物語館2019年12月


辛い生き地獄のような生活の中でも癒される場所があった。それはここ↓トイレコーナーだ。右側は当時のままの扉で縁起物の松竹梅と飾り窓が付いたお手洗い。扉は当時のままの物なんだけども扉を開けた中は綺麗な現代のトイレになっていた。左側は当時は扉がなく開け放たれていてタイルばりで3つの男性用の便器があったという。丸見えだな。

そして真ん中の板張りの部分は、当時は透明ガラスとなっていて、床下水槽があり足元に金魚たちが泳ぐ姿を見られたという。これは素敵だ。時々ここで金魚たちを眺めて涙を流して・・・と思っても駄目だ、共用トイレでは人が来るだろう。ダメだ、泣く場所がない。

町家物語館2019年12月


見る角度により波打っているのがわかる手作りの当時の大正硝子。透明感があって強く壊れにくい良質な物だが、コスト的に今では作ることが出来ない。手作りなので一枚とて同じ物がなく全て微妙に違っている。

町家物語館2019年12月

蔵と納屋はこの遊郭建物よりも1年早く建てられたもの。中庭にある石灯篭には12支が彫り込まれている。小ぶりの雪見灯篭に添うようにあるお部屋は茶室でこの建物よりもずっと後に建築された。にじり口が設けられていて感動した。  ~続く~

 

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遊郭1~鉄格子~


大和郡山城のお膝元の洞泉寺町。幕末には既に傾城町として6軒の遊郭が栄えていた。平成26年に登録有形文化財となった大正13年築の大型遊郭建築である町家物語館(旧川本家住宅)は入場無料、ボランティアガイドさんに案内してもらう事も出来る。層により異なる意匠の組み込み格子で建物表面を囲ってある。粗格子越しの縁台に座った遊女が、通りを行く男性を呼び込む顔見世が大正5年に禁止になった為、3本小口、5本小口という細かい格子にし外からは顔が見えない造りになっている。娼妓溜(遊女の待機場)からは外の様子見えたので現代版ミラーガラスみたいな感じというとイメージつきやすいかも。

町家物語館2019年12月


6間半の間口で町内の遊郭建築でも最大規模で、格式が高い豪壮な造りが特徴。ここは玄関でもある写真場、左手の壁に飾られた写真で客は遊女を選ぶ。詐欺まがいの写真修正技術がない時分だから安心して選べるね。下の石で囲まれた部分では金魚を泳がせていた。

町家物語館2019年12月

玄関入って右はこのような↓案内口(呼び込み部屋)で、部屋奥にある障子の向こうは療養の間。病気の遊女を、この呼び込み部屋のおばさんが時々顔を出し看ていた。展示されている物は当時ここで使われていた家具。

町家物語館2019年12月

写真場(玄関)を通り帳場で受付をし客は右手の客用階段で、左手にある娼妓溜で待機していた遊女は娼妓溜にある遊女専用階段で2階にそれぞれあがる。

昭和33年(1958年)に売春防止法の完全施行により廃業となった後は下宿屋として大広間は貸間として利用されていたが廃館となり、市が平成11年に買取をし10年間放置経過後、ボランティアが大掃除と朽ち果て潰れかけ酷い状況だった台所や階段等々を修繕し、平成26年に登録有形文化財に登録された事で市が7800万円かけ耐震工事を施し、昨年平成30年1月から一般公開されるようになった。

町家物語館2019年12月


娼妓溜に当時の遊客名簿が展示されていた。大阪の大旦那とかが通ったり、近所の常連客もいたそうだ。左側は一時間幾らとかのコース毎の花代とビールやお酒の料金表。ぼったくられる心配がなく安心だね。けっ。

町家物語館2019年12月


築100年近い”客用”階段から2階にあがった。遊女専用階段は立ち入り禁止になっていた。のぼった所には待合所↓があり、ここで客と遊女が対面し連れ立って部屋移動。遊女は一人一部屋もらっていてその自分の生活部屋(客間)に客を入れるシステム。

町家物語館2019年12月


2階端にある髪結場からは、福を呼び縁起が良いとされ1400年以上前から仏教寺社建築などの装飾に使われている猪目窓を見られる。ハート型で可愛い。遊女が髪を結ってもらう時に眺めていたのかな。本来はほんわかするハート型も遊女という職業で眺めると全然違ったものに見えるような気がする。

町家物語館2019年12月


可愛い猪目窓から下方に視線を移すと調理場が見える。遊女はそこの縁台で飲食していたとの事。

町家物語館2019年12月

見学順路の矢印貼り紙に従い3階にのぼった先には客専用のお手洗いがあった。当時3階にお手洗いがあるのは珍しいんですね。昔のままの状態で残っていて壊れた便器残骸まであった。

↓3階の廊下。大正時代は停電が多かった為ガス灯が取り付けられてある。この各客間(遊女の一人部屋)につけられている物は空気穴という名目だが、実際は悪い客対策で声が聞こえるよう何か有った時に遊女(店の商品)を助ける為に大きい穴となっている。隣の部屋とは薄壁一枚、廊下とも襖一枚、大きい空気穴もあいていて物音すら丸聞こえ。かろうじて戸を閉めれば様子は見られんが。

町家物語館2019年12月


そして手品みたいで面白かったのが無双窓。パタンと閉めると真っ暗になるし開けると風と光がパッと舞い込み光景は一転する。この無双窓いいな~。

町家物語館2019年12月


ここ↓が遊女の仕事場兼自分の部屋なんだけども、4畳半のお部屋が3階と2階にそれぞれ1室づつ、他は全て3,75畳(0,75畳は化粧品や着物などの私物を置く床部分)のお部屋で3階に8室、2階に6室あり。布団一枚をここに敷き来る日も来る日も男性の性処理道具として働くうら若き女性たち。

町家物語館2019年12月


私はこの先で自分の浅はかさ想像力の無さに打ちのめされる事になる。なんと。。。。当時、全ての窓には鉄格子がつけられていたのだ。借金のかたである娘が逃げない様、全ての部屋に鉄格子をつけ監禁監視していた。屋根伝いに逃げるかもしれないからと3階も含め全ての部屋に鉄格子が取り付けられていた。これ↓がその鉄格子のはまってた跡。戦時中の金属類回収令で全て供出となったため鉄格子など跡形も感じられず爽やかな窓だと無邪気に思っていた。。。

町家物語館2019年12月

鉄格子の事実を知った時、思わず泣きそうな悲鳴に近い声を出してしまった。親に売られた時は泣き叫び絶望した人や 逃げ出して連れ戻され逃げる心を失わせられ最初こそ悲劇を感じさせる人は中にはいたが、最初の仕事から始まりそれが日常になりなかなかエンジョイしている遊女の話や本や映画や、スレまくって客が恐縮している驚くべき遊女や、日本の戦後でも駐留アメリカ兵と売春婦がたわむれ人生の春♪とばかりの満面の笑顔の写真とかばかり目にしてたからか こんな鉄格子の中で自由もなく囚われていたなんて想像があまりにも不足していたと感じた。

そもそも虐待児だって紛争地域の子どもだって眩いばかりの笑顔を見せることがある。一瞬一瞬のその時を生きるしか壊れてしまいそうだとしたら楽しい事や嬉しい事や美しい物を見聞きしたりすればその瞬間は輝くような笑顔を見せるだろう。。。

でもふと疑問が生じた。裸体に変なペイントをし暴れまわった某国のあの売春させろデモの人達は一体何だったのだろう??? やはりあの人達が特殊な人達だったのだろうか。~続く~

 

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ブログタイトルのあまりのヘボさに我ながら辟易していますwヘボいブログタイトルの大壁を乗り越えご訪問いただく方々を尊敬しています。いつもありがとうございます。

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